■朝礼スピーチは、評価でもなければ競争でもない 朝礼スピーチのネタ「自分らしさ」

■朝礼スピーチは、評価でもなければ競争でもない 朝礼スピーチのネタ「自分らしさ」

こんにちは。

日本各地で梅雨明けのようですね。

こんな光景ともさよならの時期でしょうか。

 

今日は朝礼スピーチについの勘違いについて思いを記します。

 

 

今日のブログ概要

 

朝礼スピーチの時間、緊張なさる方々が意外と多いです。

ましてや、自分の番が近づいてきますとユウウツな気分になるようですね。

 

何故なのか?

 

「そんなの、当たり前だよ」とおっしゃることでしょう。

しかし、なぜ緊張するのか、なぜ嫌なのか

を突き詰めて考えたことはおありでしょうか?

 

私は朝礼スピーチに対する勘違いがその原因だと考えています。

 

緊張しユウウツな気分になる仕組みを分析しますと、つぎの2点に集約されるようです。

1.自分がマイナスに評価されるのは嫌だ。

2.人と比較されて恥ずかしい。

 

この2点の裏には、次の勘違い(=根拠のない思い込み)が潜んでいます。

1.朝礼スピーチとは、自分が人から評価される場である。

2.朝礼スピーチとは、自分と人が比較される場である。

 

この勘違いに気付き、朝礼スピーチを楽しんでほしいものです。

 

 

私、カラオケ苦手です

 

知人がお馴染みのスナックに誘われることがしばしばあります。

「あなたも歌ったら?」と知人に勧められます。

「歌は苦手だから」と断ると、

「大丈夫。練習と思って気楽に歌ってください」とママさんが勧めてきます。

「練習ってなんだろう? 今が本番ではないのかな」と思ってしまいます。

 

 

自分が唄が下手なことは子どものころから分かっています。

小学校の音楽の時間に、隣の子に笑われ続けられました。

授業中は口パクにしました。

鼻歌を封印しました。

 

 

働いてからは口笛専門です。

しかし、「嫌な奴」から「あなたは、口笛もオンチだなあ」とからかわれました。

皆の前で歌うわけではないのに、「そこまで言うのか」という思いです。

この時は、すぐに恥ずかしくなり、そのうちクソと思い、最後は情けなく思いましたよ。

「怒り」と「恥ずかしさ」と「情けなさ」でいっぱい!

 

 

歌が上手くなるには

 

 

最近、歌上手な方に「どうして私は音痴なのでしょうか?」と尋ねました。

返ってきた答えは、「それはあなたが周囲と合わせようとしていないから。心の奥底で、合わせてやるものか、と思っているんじゃないの」。

もちろん冗談の答えです。

 

「それはね、歌の上手な人は音を身体で支えているんだよ。

一方、下手な人は自信がないから、体が委縮してしまって、音が支えられていなくて音程がはずれるのです」

とのこと。

 

そうか、そんな仕組みだったのか、

「からかわれた」→「自信がない」→「体が委縮する」→「オンチ」→「歌わない」→「うまくならない」

ということだな、と思いました。

 

 

もしも朝礼がスピーチではなく歌だったとしたら

 

私の歌下手をもとに想像するに、朝礼嫌いの方々の思いは分かる気がします。

もし、職場での朝礼がスピーチではなく歌だったとしたら、私もユウウツになります。

転職するかも!、、、です。

 

 

朝礼スピーチは評価や競争ではない、と気楽になると良い

 

前章で、オンチな方は自信を無くして身体が委縮していると述べました。

朝礼スピーチは、