■人を救うと、自分が救われる 今日のカクテル「救い」

■人を救うと、自分が救われる 今日のカクテル「救い」

ブログ初日に書きました掲示板。→「世界には不思議がたくさんある」

 

今朝、拝見すると、『人を救うと、自分が救われる』といった旨の文に変わっていました。

すぐに『情けは人の為ならず』を思い出しました。

 

今回は『情けは人の為ならず』と『人を救うと、自分が救われる』の違いについて考えを書きます。

 

 

『情けは人の為ならず』

 

『情けは人の為ならず』の意味を『デジタル大辞泉』には、

「人に親切にすれば、その相手のためになるだけでなく、やがてはよい報いとなって自分にもどってくるということ」

と書かれています。

 

掲示板の『人を救うと、自分が救われる』と『情けは人の為ならず』とは似たような意味だと思います。

 

ただ、私が気になりますのは、太字にしました「やがては」の部分です。

 

なお、他の辞典では、この「やがて」が次のように書いてありました。

・『日本国語大辞典 第2版(平成12~14年 小学館)』では、「めぐりめぐって」

・『大辞林 第3版』と『ウイキペディア』では、「巡り巡って」

・私の手元にある『明鏡国語辞典 初版第8刷2010.4)も「やがては」

 

民話の「わらしべ長者」や「風が吹けば桶屋が儲かる」が、原因と結果に時間の隔たりがあるのと同様、

「やがては」には時間の経過の意味があります。

 

すなわち、「人に親切にすること」と「よい報いとなって自分にもどってくること」の間に、時間の経過があるのです。

 

経済に例えれば、

消費増税する→設備投資と個人消費が増税額以上に冷え込む→デフレが続く→実質賃金とGDPが伸びない

???

『人を救うと、自分が救われる』

 

一方の『人を救うと、自分が救われる』。

 

「人を救うこと」「自分が救われる」の間に時間の経過が感じられないのです。

言い換えますと、「人を救うこと」と「自分が救われる」ことが同時に起こっていると感じました。

さらに言い換えますと、「人を救うこととは、自分が救われることである」です。

「人を救うことは、自分が救われるということがその場で同時に起きている」とも言えます。

 

 

『情けは人の為ならず』と『人を救うと、自分が救われる』の違い

 

私の印象と考えを記します。

(国語や辞書や道徳や各種宗教とは違っているかもしれません)

 

・『情けは人の為ならず』

論理的

他者と自己を区別

中長期間

因果論

処世術

道徳的

 

・『人を救うと、自分が救われる』

感覚的

他者自己一体

その場その時限りの刹那

哲学的(あるいはスピリチャル・宗教的)

 

二者の違いを示すために、無理やり極端に書きました。

 

両者とも考えさせられる格言であります。

 

 

今日のカクテル

 

「救い」

 

・水・・・・・・・・・・50ml

・食用オリーブ油・・・・10ml

 

水と油が一体となるまで、10分間シェイクを続けること。