35年前。
僕は仕事の帰り道、毎晩のようにマスターのバーへ寄っていました。
バー「山小屋」
バー「山小屋」では、僕はたいがいは2番手の客でした。
トップのお客さん、はというと、
カウンターに将棋盤を置いてマスターと早指しをなさっています。
僕がドアを開けるか否や、お二人はすぐに将棋盤を片付け、お客さんは「また」と言い残して出ていきました。
カウンターに残されたものは、
カクテルグラスとオリーブが残った金属ピン。
マティーニを一杯飲んで、またお仕事に戻るのが定番のお客さん。
マスターによると、放送プロダクションのディレクターとのこと。
頼むのはマティーニ一杯のみ。
15分程度で勝負が済むのだが、長くなっても客が来るとそこまで終了。
「マティーニは15分で飲み干す」はここで学んだ。
ドイツへ行ったお客さん
ドイツ文化にあこがれている女性も時々見かけました。
僕は若く女性の年齢など分かりようもなかったが、きっと30歳中盤といったところだろうか。
旅行に行って、古いままを残しているドイツの家並みに魅せられたそうだ。
いつもドイツ語の本を読んでいた。
半年ほどたったころだろうか、
気付いたらお見掛けしないので、マスターに伺ったら、
西ドイツ大使館で現地採用となりドイツに移住したよ、石の上にも3年だね。
とぽそっと。
あの頃、僕は仕事が上手く行かず、マスターにぼやいてばかりいました。
「慣れてしまっておざなりな仕事よりも、ひとつづつ悩みながら働く人の方が好きですよ」
と励ましていただいたことを覚えています。
カウンタ―がせいぜい6脚程度のバーでした。
引っ越し
数年経ち、他県への転職を選び、久しぶりにバー「山小屋」を訪ねると、元の場所から20メートルほど駅側に離れていました。
駅前の再開発でバーの家賃が急上昇し、それくらいならばと思い切って新たに店舗を借りて内装をほどこしたそう。
店名は今も変わらず「山小屋」だったけど、内装の立派さと広さには目を見張りました。
カウンタ―は長く伸びテーブル席まで三つもあります。
いわゆるオーセンティックーバー!
マスターも忙しそう。
とはいっても、平日の早い時間帯はカウンターでゆっくりと話す時間があります。
マティーニを15分で飲み干すと、「あの頃はよかったなあ」「また若いころに戻ってみたい」を繰り返しながら、
トニック系カクテルを2杯ほど飲んでいると、急にお店がざわざわしてきたのに気づきます。
そろそろ二軒目へ移る時間でしょうか。
そして・・・・・
昨秋、尋ねました。
正月、マスターから「また会いたいね」とお年賀が届きました。
今日のカクテル
「将棋指しのマティーニ」
・ジン・・・・・・・60ml
ベルモットのビンを眺めながら。